ジャクソンリースとは?BVMとの違いと現場の正しい使い方を徹底解説
手術室や集中治療室(ICU)、さらには小児救急や院内移送の現場において、呼吸不全に陥った患者の命を繋ぐデバイスとして欠かせないのが「ジャクソンリース回路」です。一見すると、救急現場でおなじみのバッグバルブマスク(BVM、通称アンブバッグ)と似た形状をしていますが、その内部構造や動作原理、操作時に求められる技術は根本から異なります。
特に近年は医療安全の観点から、機器の特性を誤認したことによる換気不全や気道内圧の上昇といったインシデントへの警鐘が鳴らされ続けています。本稿では、医療機器の基本構造から臨床での実践手順、新人看護師や臨床工学技士がつまずきやすい呼気弁の調整、BVMとの使い分けの鉄則に至るまで、現場の一次証言と客観的データをもとに徹底解剖します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:ジャクソンリースは「メープルソンF回路」に属する非再呼吸式麻酔回路であり、非自己膨張式バッグの繊細な動きを通じて患者の「自発呼吸」をダイレクトに手元で感知できる。
- 要点2:自己膨張式で大気吸入が可能なバッグバルブマスク(BVM)と決定的に異なり、高流量の「新鮮ガス(酸素供給源)」が接続されていなければバッグが膨らまず、換気機能を一切果たせない。
- 要点3:使用時は「推奨酸素流量(分時換気量の2〜3倍、成人で概ね6〜8L/分以上)」の確保と、呼気弁(ガス放出弁)の微調整による圧損傷(バロトラウマ)の防止が不可欠である。
【徹底解明】ジャクソンリースとは?構造の基本とメープルソンF回路の仕組み
ジャクソンリース(Jackson Rees)回路とは、主に気管挿管や気管切開が行われている患者、あるいは小児の自発呼吸管理および人工呼吸管理に用いられる「非再呼吸式麻酔回路」の一種です。麻酔科医のゴードン・ジャクソン・リース(Gordon Jackson Rees)が1950年に小児麻酔用に開発した回路を起源としており、国際的な分類体系である「メープルソン分類」においてメープルソンF回路に位置づけられています。
この回路の最大の特徴は、一般的な人工呼吸器や蘇生バッグに組み込まれている「一方向弁(バルブ機構)」が存在しない点にあります。構造は極めてシンプルで、以下の4つの主要パーツで構成されています。
- Tピース(接続部):患者側の人工気道(気管チューブ等)と新鮮ガス導入口をつなぐ接続コネクタ。
- 蛇管(リザーバーチューブ):吸気と呼気が通過する蛇腹状のチューブ。呼気ガスの一時的な貯留を防ぐための長さを保持。
- リザーバーバッグ(呼吸バッグ):先端(テール部)に開放部を持つ、薄手で柔軟な非自己膨張式ゴム・シリコン製バッグ。
- ガス放出弁(呼気弁・アジャスタブルリリーフバルブ):バッグの尾部に備え付けられ、回路内の余剰ガスを排出するとともに気道内圧を微調整するダイヤル弁。
弁の抵抗がないため、患者が息を吸い込めばバッグが即座にしぼみ、息を吐き出せばバッグが膨らみます。これにより、医療従事者は患者の呼吸の深さ、リズム、換気量の変化を、手元のバッグの感触と視覚的な膨縮によって瞬時に把握することが可能になります。呼吸抵抗が極めて小さいため、呼吸筋の未発達な新生児・乳幼児の換気管理において、半世紀以上にわたり第一線で選ばれ続けている理由がここにあります。

【比較表で一目瞭然】バッグバルブマスク(BVM・アンブバッグ)との決定的な違い
臨床の現場で最も混同されやすいのが、救急カートに常備されている「バッグバルブマスク(BVM)」との違いです。医療従事者の間では「アンブバッグ」という商品名でも広く呼ばれていますが、両者は似て非なる特性を持っています。厚生労働省の医療安全推進関連資料や日本救急医学会のガイドラインを踏まえ、その決定的な差異を以下の比較表に整理しました。
| 項目 | ジャクソンリース回路 | バッグバルブマスク(BVM/アンブ) | 臨床現場での判断基準 |
|---|---|---|---|
| バッグの膨らみ方 | 非自己膨張式(ガス供給がないと膨らまない) | 自己膨張式(握った後に大気を取り込み自然復元) | 配管・ボンベの酸素供給が確保されているかが分岐点 |
| 自発呼吸の感知能 | 極めて高い(バッグの動きで微弱な呼吸も確認可能) | 低い(内蔵弁の抵抗が大きく自発運動が伝わりにくい) | 人工呼吸器離脱期や自発呼吸の有無を見極める際はジャクソンリース |
| 無酸素・大気下での使用 | 使用不可(酸素・空気源が途絶えると窒息の危険) | 使用可能(21%大気を取り込んで換気可能) | ガス配管のない場所での急変時はBVMを選択 |
| 気道内圧・PEEP調整 | テール部の呼気弁開閉で無段階調整可能 | 専用のPEEPバルブ(別売りアタッチメント)が必要 | 用手的な微細プレッシャーコントロールはジャクソンリースに軍配 |
| 主な推奨使用領域 | 小児麻酔・NICU・ICU・挿管患者の検査移送 | 心肺蘇生(CPR)・救急外来初療・病棟急変 | 換気補助の精度か、立ち上がりの即応性かによる使い分け |
臨床工学技士やベテラン看護師が口を揃えるのは、「BVMはどんな過酷な環境でも換気を成立させるタフな道具、ジャクソンリースは患者の繊細な肺の動きを指先で診察する精密器具」という表現です。自発呼吸の有無を視覚化できるという唯一無二の長所がある一方で、動力源となるガス供給が遮断されれば一瞬でペシャンコになり、換気が不可能になるという構造的脆弱性をあらかじめ理解しておかなければなりません。
【臨床手順】ジャクソンリースの使い方と推奨酸素流量・呼気弁の調整法
ジャクソンリースを正しく機能させるためには、セットアップの手順、酸素流量の設定、そして呼気弁の微調整という3段階のステップを厳密に踏む必要があります。
ステップ1:確実な接続とリークチェック
酸素流量計(または圧縮空気ブレンダー)のニップルにジャクソンリースの給気チューブを接続します。患者に接続する前に、患者側コネクタを用手的に塞ぎ、酸素を流してバッグがしっかりと膨らむか、回路の各パーツに亀裂や緩み(リーク)がないかを点検します。
ステップ2:推奨酸素流量の科学的根拠と設定基準
ジャクソンリース回路は呼気弁から余剰ガスを排出する構造上、新鮮ガスの流入量が少なすぎると、患者が吐き出した呼気(二酸化炭素)を再び吸い込んでしまう「再呼吸(Rebreathing)」が発生します。これを防ぐための鉄則が「分時換気量(1回換気量 × 呼吸数)の2〜3倍以上のガス流量を供給すること」です。
- 成人患者の場合:最低でも6〜8L/分以上(状況によっては10〜12L/分)。
- 小児患者の場合:体重に応じた分時換気量を考慮しつつ、回路内のウォッシュアウト(ガス置換)を確実にするため、臨床実務上は5L/分以上を確保するのが標準です。
ステップ3:呼気弁(ガス放出弁)の調整テクニック
呼気弁の調整は、ジャクソンリースを扱う上で最も繊細な感覚が問われる手技です。基本原則は「全開(完全に緩めた状態)からスタートし、徐々に閉めていく」ことです。
酸素を流した状態で呼気弁を少しずつ絞っていくと、バッグ内に適度なガスが溜まり始めます。目指すべき状態は、「ソフトテニスボール程度の柔らかさ(半分程度ふくらんだ状態)」です。パンパンに張った状態は回路内圧が高すぎて肺損傷(気胸など)を引き起こす恐れがあり、逆にシワシワで萎びた状態では有効な換気が行えません。患者の吸気時にバッグが少ししぼみ、呼気時に元の張りに戻るバランスを指先のダイヤル操作で維持します。

【実態検証】医療現場の生の声とヒヤリハットから見えた盲点
日本医療機能評価機構などのインシデント報告書や、若手医療従事者が集うSNS・コミュニティでは、ジャクソンリースにまつわる冷や汗をかいた経験が数多く共有されています。実際の医療現場でどのようなトラブルが発生しているのか、現役看護師や臨床工学技士の証言をもとに検証します。
「手術室からICUへの術後搬送中、患者さんの自発呼吸が弱くなったため補助換気をしようとしたところ、バッグが突然虚脱して一切揉めなくなりました。原因は、移送用酸素ボンベの残量計の確認不足によるガス欠でした。幸い同乗していた麻酔科医が携帯型BVMに即座に切り替えて事なきを得ましたが、あの瞬間は血の気が引きました」(20代・集中治療室看護師の手記より)
また、病棟での管理中に散見される重大な誤認が、「呼気弁を完全に閉め切ってしまうミス」です。
「バッグがなかなか膨らまないことに焦り、呼気弁を全閉にしてしまった新人スタッフがいました。酸素流量計から8L/分のガスが流入し続けているため、回路内の圧力は一気に急上昇します。アラーム付きの圧力計をつけていたため気道内圧30cmH2O超過で即座に気づけましたが、もしそのまま換気を続けていれば肺胞が破裂して緊張性気胸を起こしていたはずです」(30代・臨床工学技士の証言)
これらのリアルな事故事例が物語るように、ジャクソンリースは「操作者の技量がそのまま患者の気道内圧に直結するデバイス」です。機械的な安全弁(プレッシャーリリーフバルブ)が標準装備されていないクラシックな回路も多いため、人間の手によるモニタリングがいかに命綱であるかが浮き彫りになっています。
一般に知られていない盲点とネットの誤解|「万能な救急バッグ」という危険な先入観
インターネット上の掲示板や一部の医療情報まとめでは、ジャクソンリースに関して危険な誤解が放置されているケースが見受けられます。代表的な2つの誤解を正しく解体します。
誤解1:「BVMがない緊急時は、代わりにジャクソンリースで心肺蘇生を行えばよい」
これは極めてリスクの高い判断です。心肺停止(CPA)の現場や急変時の初動において、酸素配管の接続や流量設定、呼気弁のプレッシャー調整を悠長に行う時間はありません。また、停電や地震などの災害時、配管圧が喪失した瞬間にジャクソンリースは無力化します。初動の蘇生や酸素源が不確定な状況では、大気吸入でも換気が維持できる自己膨張式のバッグバルブマスク(BVM)を選択するのが国際標準のACLS(二次救命処置)プロトコルです。
誤解2:「バッグを強く握れば、それだけたくさんの空気を送り込める」
ジャクソンリースをBVMと同じ感覚で「力任せにギュッと押し潰す」のは厳禁です。成人用BVMの1回換気容量が1,000〜1,500mL程度あるのに対し、ジャクソンリースは回路内圧が直接伝わるため、指先で優しくタッチし、胸郭が自然に2〜3cm持ち上がる程度の適度なストロークで十分です。強く揉む行為は、胃へのガス流入による嘔吐誤嚥や、過度な胸腔内圧上昇に伴う静脈還流量低下(血圧低下)をダイレクトに引き起こします。
【プロの結論】小児換気管理と看護師が徹底すべき観察項目・使い分けの鉄則
小児医療やクリティカルケアの現場において、ジャクソンリースを真の味方にするための専門的判断基準と、看護師が常にベッドサイドでチェックすべきポイントを整理します。
看護師が絶対に外してはならない5大観察項目
- 胸郭の上がりと左右差:バッグを揉んだ際、または自発呼吸時に両側の胸郭が均等に挙上しているか。片肺挿管になっていないか。
- 手元のコンプライアンス(肺の硬さ):気道分泌物(喀痰)の貯留や気管支痙攣が起きると、手元に伝わる抵抗が急激に重くなります。「いつもよりバッグが硬い」と感じた瞬間の吸引判断が患者を救います。
- バッグの形状保持:半膨張状態がキープできているか。萎縮(ガス漏れ・流量不足・弁の開きすぎ)や過膨張(弁の閉めすぎ・蛇管の閉塞)を常時監視。
- バイタルサインとモニター値:SpO2(経皮的動脈血酸素飽和度)の維持はもちろん、可能であれば呼気終末二酸化炭素分圧(EtCO2)をモニタリングし、低換気・過換気を防ぐ。
- 接続部の緩みと抜管リスク:患者の体動によってTピースが引っ張られ、気管チューブの偶発的抜管が起きないよう蛇管の取り回しに余裕を持たせる。
【プロの結論】おすすめできる状況・慎重になるべき状況の分岐点
医療安全とヒューマンエラー防止の観点から導き出される適応の鉄則は明快です。
【ジャクソンリースを選ぶべき状況】
人工気道が確立されており、高流量の酸素配管(または十分な残量のあるボンベ)が手元にある環境。特に、人工呼吸器からの離脱プロセスで患者の自発呼吸を細かく観察したいとき、あるいは死腔や換気抵抗を極限まで減らしたい小児・新生児の搬送・処置時。
【バッグバルブマスク(BVM)を最優先すべき状況】
酸素配管のない場所での急変初動、心肺蘇生時、ガス供給の途絶リスクがある長距離搬送、または自発呼吸の評価よりも確実な1回換気量の強制送気が求められる完全無呼吸の成人患者。
【ジャクソン リース と は】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:ジャクソンリースは酸素配管に繋がなくても、口元を覆えば使えますか?
A1:絶対に使えません。ジャクソンリースは非自己膨張式バッグを採用しているため、外部から高圧ガス(酸素や医療用空気)が流入し続けなければバッグが膨らまず、患者は息を吸うことができずに窒息します。ガス供給源がない環境では、直ちに自己膨張式のバッグバルブマスク(BVM)を使用してください。
Q2:アンブバッグとジャクソンリース、どちらが人工呼吸器の代わりとして優れていますか?
A2:優劣ではなく「目的」が異なります。短時間の強制換気や緊急蘇生には構造が堅牢で安全弁がついたアンブバッグ(BVM)が優れています。一方、微弱な自発呼吸の動きを感じ取りながら繊細にPEEP(呼気終末陽圧)をかけたい場合や、小児の呼吸仕事量を減らしたい管理にはジャクソンリースが極めて適しています。
Q3:使用中にバッグが急にペシャンコに潰れてしまいました。何が原因ですか?
A3:主に3つの原因が考えられます。第一に「酸素ボンベの残量ゼロや配管の脱落(ガス供給停止)」、第二に「呼気弁が完全に開ききっていること」、第三に「患者との接続部や回路の蛇管が外れている(大リーク)」です。まずは患者の胸郭の動きと顔色を確認し、酸素流量計の目盛りと回路の接続を即座に指差し確認してください。原因が特定できない場合は迷わずBVMに切り替えます。
まとめ:今後の動向と失敗しないための判断基準
医療技術が高度化し、高性能なポータブル人工呼吸器が普及した現代においても、手元のダイレクトな触覚を通じて患者の肺の状態を把握できるジャクソンリース回路の存在価値は色褪せていません。むしろ、機器への過度な依存が指摘される医療現場だからこそ、自らの手で肺コンプライアンスを感じ取り、適切な気道内圧をコントロールするスキルの重要性が再認識されています。
「酸素流量は分時換気量の2〜3倍」「呼気弁は全開から徐々に絞る」「決して全閉にしない」「ガス源のない急変時はBVM」。この4原則を現場の全スタッフが徹底して共有することこそが、予期せぬトラブルを防ぎ、目の前の患者の命を確実に救うための最大の防波堤となります。 (出典: ジャクソン リース と は(Yahoo!ニュース))